1980年 ゴールデンウイーク 東京 高円寺 福生

1980年、私は5月のゴールデンウイークを東京高円寺の下宿で過ごすことにしていた。
休みがあるからと言っておいそれとは帰れない距離が故郷にはある。
東京も帰省の人が多く、いつもはサラリーマンで賑わう丸の内などに行ってみようと思っていた。
またゴールデンウイーク中にある私の誕生日に故郷から、中学からの友人のS君が来ることになっていた。
私の下宿は東京都中野区若宮と言う場所だ。
S君には西武新宿線の都立家政駅で降りるよう電話で伝えた。都立家政

西武新宿線

中央線の高円寺から徒歩で20分。西武新宿線の都立家政駅からは徒歩15分。
S君には近い15分の駅を伝えた。

都立家政の駅に迎えに行き、2人で下宿まで帰った。
帰ってすぐ、大家さんにS君を紹介して2階の3畳間に上がった。
S君は故郷の国立大学の理科系の学部だ。

「こんなに狭いのか」とS君は驚いていた。
S君は故郷では自宅通学なのだから仕方ない。

「結構住み心地がいいぜ」と答えた。

突然、大家さんが、私を呼ぶ声がした。
携帯電話などないし、所謂呼び出し電話だ。

kuro

すぐ下に行き、黒電話に出た。
友人H君のおかあさんの故郷からの電話だ。少し不思議だった。
「Hがね、交通事故にあったの、今東京の福生市の病院にいる」と慌てている。

「えーそうですか」「すぐ行きます」と言って、病院の住所、電話番号を聞きS君に伝えた。

「すぐ行こう」とS君。

2人で高円寺まで走り、福生駅まで電車に乗った。
何事も話さず福生に向かう。
お母さま電話での慌てぶりから事故が察しできた。
福生は行ったこともないが、村上龍さんの芥川賞受賞作品「限りなく透明に近いブルー」の
舞台の場所だ。透明に近いブルー
福生
H君は多摩にある、美術大学で日本画を学んでいた。
小学校、中学校、高校とも同じで大切な友人の一人だ。
奥多摩にバイクでツーリングに行き、事故を起こしたらしい。
福生市は米軍の横田基地がある場所で駅に降りた瞬間から、

他の駅とは違う感じがした。なんとなく、アメリカの感じがした。

病院までタクシーに乗った。東京でタクシーに乗るのは初めてだ。
ゴールデンウイーク中の為、病院は休みで裏口から入れてもらった。
2階の病室に着くと、ゆっくりドアを開けた。

ドキドキした。
4人部屋の窓際にH君は寝ていた。ツーリングに一緒に行った友人達がいた。
寝てはいるのだが、足をつり上げられていた。

「H君、大丈夫や」と故郷言葉で聞いた。
「すまん、迷惑をかけて」痛いだろうに私達に謝るH君がいる。
事故の様子などを聞いていた。

病院の先生が来た。
「Hさんの友人の方?」「はい」と答えた。「ご両親も東京に向かっています」とも答えた。

先生は私とS君を1階の診察室に呼んだ。

「ご友人?」と聞かれた。「はい」と2人で答えた。

先生はレントゲン写真を見せた。

驚いた。骨が粉々になっている。本当にバラバラなのだ。
先生が

「最悪は片方の足を切断しないといけない」と言った。「えー」
「骨がバラバラで手術ではうまくつかないかも」と言った。

先生は冷静だ。こっちは焦っている。

「どうにか切断しないでいい方法はないですか」と尋ねた。

「手術次第だが、今は何とも言えない」と言われた。

病室に戻りH君に「手術をするらしい、大丈夫だ」と言った。

数時間して、故郷からH君のご両親が飛行機で来た。
まず、先生に聞いたことを一字一句間違わないように伝えた。
ご両親と先生が別室で話しをしていた。

時間が止まったようだ。
その日は手術も出来ないとのこと。もう午後6時を過ぎていた。

ご両親は福生に泊まることになった。
お礼を言われお父様から、食事でもしよう言われ、近くの中華料理屋で食事をした。

若いころの食事の記憶は鮮明にあるのだが、中華料理だったこと以外は覚えていない。
ここでご両親はある決断をしていた。

故郷にH君を連れて帰り、故郷の病院で手術をするという判断だった。
先生から切断の可能性があると聞き、最高の場所で最高の手術をと考えたのだ。
結局はこの、ご両親の判断が正解だった。
あのまま福生の病院で手術なら、足の切断になっていたかもしれない。

その後H君は飛行機の特別席で故郷へ帰り、故郷の病院で手術をした。

病院はH君の家に近く、H君も安心していた。

H君はリハビリなどを経て、足ももとどおりになった。
ご両親が故郷の病院でとの判断をしなければ、足を切断していただろう。

H君はその後、大学を中退した。
今はご両親が経営していた故郷の中小企業だが、故郷での1番店の経営者として多くの社員を抱え日々経営に頑張っている。
1980年5月のゴールデンウイークに故郷から東京に来てくれた、S君は現在千葉県に住み
3人のお子様の父として、また世界中を飛び回るグローバル企業の社員として働いている。

S君も故郷よりも東京時間が長くなった。
時々は故郷へ帰り、私やH君や中学生時代の友人といつものように懐かしい話しをしている。
学生時代の友人はそれぞれの道でそれぞれの事情を抱えながらも生きている。
福生で自分の足より友人を気遣うH君とはよく会っている。
が、そう言えばここ2週間だが会っていない。

電話してみよう。高円寺の下宿の黒電話ではなく、一応スマフォで。

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