1980年、暑い夏バイトに明け暮れた!

1980年の夏、私は帰郷しなかった。

東京高円寺の下宿のメンバーは全員帰郷した。
4年生もおり、地元就職の為だったのかもしれない。
私は試験も終わり
(試験と書いたが、実は全教科レポートになった理由は今の大学生には理解しづらいかもしれない)
初めて上京したときバイトをしたJR(国鉄)の田町駅にある喫茶店でバイトをした。

田町

1年半前バイトをしてからこの方、喫茶店には行っていなかったが
「お久しぶりです。バイトしたいのですが?」と言うと店長は「今日からできる?」と言うので「はい」と答えすぐユニフォームに着替えて喫茶店のバイトを始めた。
時給400円、昼めし付きだ。

1年の春やっていたので要領はすぐつかめた。

主な仕事はホールでの配膳と清掃、皿洗いなどだ。

喫茶店

現在の田町は品川に近いことや品川と田町の間にJRの新駅ができる予定があり当時とすると隔絶に間がある。

当時は山の手線の駅でも一番静かな駅だった。駅のホームも地下でつながっておらず、

階段で上って反対側ホームへ降りる駅だった。

それでも昼めし時になると喫茶店はコーヒー付きのランチを食べる人で満席になった。
私はこれなら喫茶店でも食べていけると感じた。

ランチの時間が終わると、喫茶店本来のお客様がくる。
コーヒーを飲みながら商談をするサラリーマン。
夏はアイスパフェがよく注文された。

ここの喫茶店のパフェは名物らしく、情報誌のピアでも紹介されていた。

パフェ

私は故郷の白熊を知っているのでさほど驚かないが、
大きなソフトクリームにいろいろなデコレーションがされていた。

調理の担当者がつくるのだが、忙しいときは私も手伝った。

最後の仕上げに、缶詰のミカンやパイナップルをのせる役だ。
出来上がると客席まで運ぶ。

 

みかん
「わ~すごい」と若い女性客などは歓声をあげた。
今なら、すぐスマフォで撮影してインスタグラムかフェースブックかに掲載するのだろう。

しかし今の人はなぜこうも写真を撮るようになったのだろう。

確かにスマフォの普及で簡単に写真や動画が取れる時代だ。
自分が放送局にもなれる。いい時代だ。(?)

また、どうして自分の写真を撮りたがるのだろう。
自撮り棒なるものがあり、飲食店では食べる前、食べながら、食べた後など写真を撮っている。
時代が違うので言えないが、私はそのようなことは出来ない。

まあ仕方がない。

缶詰のミカンの皮がきれいに取れているのが不思議だった。

安いミカンの缶詰なのにきれいに皮が取れている。

「バイトのおばちゃんが缶詰工場で椅子に座り手作業をしているのさ」と店長が言った。
大変な作業だろうなと思った。
社会人になり、食品の小売りの仕事について初めて、ミカンの缶詰の皮は薬品でとかすことを知った。
実は、朝から夕方は田町駅の喫茶店でバイトをして夜は新宿の焼肉屋でバイトをした。
今考えると元気だった。

新宿の焼肉屋は夜の12時まで仕事をした。
夜めし付き、時給500円だった。時給も良かったがなにより賄いめし付きが良かった。

田町駅のバイトでは昼めし付き、新宿の焼肉屋は晩飯付き。

焼肉

長い夏休みだがめしには困らない。「もの食う人々だ」

また焼肉屋さんは交通費を出してくれた。
西武新宿線の都立家政まで70円だった気がする。
現金で交通費がもらえた。これは助かった。
私は高円寺から新宿は定期が使えたので、西武新宿線は使わずJRの新宿から高円寺を使うと定期が使えた。
まあなんのことはない、交通費を浮かし着服していたのだ。もう時効だからいいだろう。
めしは心配しないでいいし、交通費までもらえる。実にうれしかった。

新宿の焼肉屋のバイトは皿洗いが大変だった。
現在は食洗器があり自動で皿を洗うが、当時の焼肉屋には食洗器がなく手洗いだった。
脂っこい皿を洗剤で洗う。強力な洗剤を使う。
一度皿洗いだけした日の翌日目が覚めて驚いた。
手の皮がボロボロに剥けているのだ

相当強い洗剤だったのか、薄める量を間違ったのか。

しかしそんなことは気にならなかった。
夏休みも終わりの焼肉屋の最後のバイトの日に焼肉屋の経営者が個室に私を呼び、そこの店の焼肉の最上級の肉を御馳走してくれた。

経営者の方はまだ若い方で宮城県の方だった。

「S君、就職がなかったうちに来ないか」と言われた。
「はいそうですね」私は答えた。

経営者の方は「僕はここ新宿で成功して全国へ店舗を広げたいんだ」と言われた。

私とそう年齢も変わらないのに、私と比べて将来の目標がしっかりしている。

私は驚くと共に少し情けなかった。
こうして1980年の夏は過ぎて行った。

残暑が厳しい夏だったが私としては充実していた。
バイトだったが、社員と同じように接して頂いた。

これも田町の喫茶店の店長や新宿の焼肉屋の経営者のおかげだ。

ネットで現在調べているが、田町にも、新宿にも同じ名前の店舗はない。

店長も経営者もそれぞれに人生を生きていることだろう。

もう36年前の個人的な話しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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